フライドチキンの日
今から47年前の本日、1970年11月21日にケンタッキーフライドチキン(KFC)の日本第1号店が愛知県名古屋市西区にオープンしました。そんなわけで、本日11月21日は「フライドチキンの日」に。制定したのは、もちろん「ケンタッキーフライドチキン」を運営する日本KFCホールディングス株式会社です。たまに発作的に食べたくなるんですよね。チキンといえばケンタッキーなんでしょうね、もう、刷り込まれちゃってますよ。ホント。
カーネル・サンダーズおじさん
ケンタッキーと言えば、カーネルおじさんですよね。外国名に疎い僕は、ずっと本名だと思っていたんですけど、違うんですね。カーネル(Colonel)って「大佐」って意味で、名前じゃないんですって。
おじさんの本名は、ハーランド・デーヴィッド・サンダースさん。「カーネル」は「ケンタッキー州」が貢献した人に与える名誉称号(名誉大佐)のことのようです。へー。
では、ざっくりとカーネルおじさんの経歴を紹介しますね。
1890年に生まれたサンダースさん。30代半ばまで様々な職業を経験してきたそうで、行き着いたのがガソリンスタンドの経営。そこでお客さんからの要望もありガソリンスタンドの一角で小さなレストランコーナー「サンダース・カフェ」を始めることに。なんとこれが大当たりで店は大繁盛。規模も拡大して、ついにはケンタッキー州から「州の料理への貢献」ってことで「ケンタッキー・カーネル」の名誉称号を与えられたそうで。これかー!
この「サンダース・カフェ」で提供していたフライドチキンが今のKFCの始まり。圧力釜を用いた「オリジナル・フライドチキン」のレシピは今でも引き継がれている秘伝の味なんですね。
フランチャイズはフライドチキンから
で、この調理法を教えて歩合を得るという仕組みを始めたのが、ケンタッキーフライドチキン。いわゆるフランチャイズってやつですね、それが1952年のこと。いやぁ、いいこと考えたよね、サンダースさん。1960年には400店舗、今では全世界で18,000店舗もあるとのことで、恐れ入りました。
大成功を収めたのが、60代を過ぎてからなので、まだ僕にもチャンスはあるのかも。まだこれからですよね。よし、頑張らなねば。
カーネルおじさん像
日本のケンターッキーの前には、ほぼ必ずと言ってもいいほど立っている「カーネル・サンダース像」。これ、全世界共通なのかと思っていたら、日本だけなんですって。知らなかった!
もともとは、カナダのフランチャイズ店でイベント用に使われていたものが倉庫に放置されていて、それを視察に来た日本法人の幹部が「これいいじゃん!」って持ち帰ったのが始まりだそうで。また、日本ではケンタッキーの紅白の店舗が「理髪店」に間違われることも多々あり、その間違い防止にも「カーネルおじさん」は役立つとのことで導入が広がったようですよ。なるほどー。
ケンタッキーの前に、おじさんがいないと寂しいですもんねー。
決してチキンではない武道家
恐怖に震えて鳥肌が立つような臆病者って意味で「チキン」って蔑まれたりしますけど(思い出すのは、バック・トゥ・ザ・フューチャーですよねー)、この人たちはそんなこと言われたことないでしょうね。
「400戦無敗の男」柔術家のヒクソン・グレイシーと、「平成の三四郎」の異名を持つ柔道家の古賀稔彦さんが本日の誕生日。ちょいと脂の多いフライドチキンはあまりお好きではないかもしれないですけど。しかし、食べ始めたら何ピースでも食べちゃいそうですよね。
はい、ほかには今日はこんな日でしたよ!
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